東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)45号 判決 1978年10月25日
原告
南波隆
原告
井馬恵
右両名訴訟代理人弁理士
井馬栄
被告
特許庁長官
熊谷善二
右指定代理人
桜井常洋
外一名
主文
特許庁が昭和五二年一二月二三日同庁昭和五二年審判第一三二七八号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
<前略>
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告らは、弁理士井馬栄を代理人として、昭和四八年一二月二八日、登録を受ける権利を共有する、名称を「タクシー屋上表示灯」とする考案について実用新案登録出願をしたが、昭和五二年七月二六日拒絶査定を受けた。そこで、同代理人は、同年一〇月一二日、右拒絶査定に対する審判を請求し(なお、その審判請求書の請求人の欄には、原告南波隆の氏名のみが記載されていた。)、特許庁同年審判第一三二七八号事件として審理されたところ、特許庁は、同年一二月二三日、原告南波隆を名宛人として「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、その謄本は、昭和五三年三月一日同原告に送達された。
二 審決の理由
本件審判の請求は、実用新案登録を受ける権利が原告らの共有に係る実用新案登録出願の拒絶査定に対するものであり、実用新案法第四一条、特許法第一三二条第三項の規定により、共有者が共同してしなければならないところ、共有者の一部の者たる原告南波隆によつてされているから、不適法であつて、補正をすることができない。
よつて、本件審判の請求は、実用新案法第四一条、特許法第一三五条の規定により却下すべきものである。
三 審決の取消事由
しかし、審決は、次に述べる理由によつて違法であるから、取消されるべきである。
(一) 特許法第一三二条第三項の規定中にある「共同して」との文言は、「連名」とか「連署」とは異なり、要は、審判請求という法律行為の効果が生ずるよう、特許庁長官に対してともに有効な意思表示を行なう意味と解される。そして、右意思表示が有効に行なわれたかどうかについては、特許法上特別の規定はないので、主として民法の規定によるべきであるところ、民法の規定によれば、意思表示は、本人が直接行なう場合と、代理人に授権して代理人をして行なわせる場合の二つがあるが、代理人をして意思表示をさせても、その法律効果が直接本人に帰属することは、同法第九九条及び第一〇〇条の規定から明らかである。
(二) 本願考案の共同出願人である原告らは、かねて、弁理士井馬栄に対し、本願に関して拒絶査定不服の審判請求を含む一切の手続をする権限を委任するとともに、出願に際して、代理人選任とその委任事項を明記した委任状を添えて特許庁長官に届け出た。なお、本件審判の請求の際には、委任状を提出していないが、出願当初提出した委任状に審判請求についてもこれが委任事項として記載されていれば、審判請求の際改めて委任状の提出を要しないとするのが、特許庁においてとられている実務慣行である。
そうすると、代理人の井馬弁理士は、その授与された権限の範囲内において、本件審判の請求という意思表示をしたのであるから、本人たる原告らが、あらかじめ委任状に記載された代理権の範囲を制限する措置をとつていない本件においては、その効果は、民法の規定により直接原告らに帰属することになる。したがつて、本件審判の請求は、実用新案登録を受ける共有者の全員が代理人を通じて共同してしたものであつて、特許法第一三二条第三項の規定に違反するものではない。
(三) 次に、代理人が審判請求をする場合、その審判請求書の請求人の欄には、本人の署名も押印も要求されていないものであるから、同欄の記載は、単なる方式上の問題にすぎない。同欄に実用新案登録を受ける共有者の一部の者の氏名が記載されていないときは、審判長は、特許法第一三三条第一項によつてその点の補正を命ずれば足り、また、命じなければならない。
しかるに、本件においては、原告らに対してその補正を命ずることなく、直ちに同法第一三五条の規定によつて不適法として却下したものであるから、審決は、違法たるを免れない。<以下、事実省略>
理由
一請求原因事実中、原告らが登録を受ける権利を共有する本願考案について、出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経縫及び審決の理由は、当事者間に争いがない。
二ところで、右事実関係に徴すると、審決においては、原告井馬恵がその名宛人になつていないことが明らかであるけれども、同原告は、本願考案について登録を受ける権利の共有者の一人であるうえ、現に、審判手続においても共同審判請求人であつた旨を主張して、本件審決取消訴訟を提起するものであるから、実用新案法第四七条第二項、特許法第一七八条第二項にいう「当事者」に準ずる者として、本訴につき原告適格を有するものと解される。
三そこで、審決の取消事由の有無について判断する。
(一) 実用新案法によれば、実用新案登録を受ける権利の共有者(以下、これを便宜「共同出願人」という。)がその共有に係る実用新案について審判を請求するときは、共同出願人の全員が共同して請求しなければならず(実用新案法第四一条、特許法第一三二条第三項)、また、審判を請求する者は、当事者及び代理人の氏名及び住所その他所定の事項を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならない(実用新案法第四一条、特許法第一三一条第一項)ものとされている。したがつて、共同出願人の全員が一人の代理人に対して拒絶査定不服の審判の請求を委任し、その代理人が、共同出願人のためにその審判を請求するには、一通の審判請求書による場合、その請求人欄に当事者として共同出願人全員の氏名を記載してすべきものであることはいうまでもない。しかし、反面、共同出願人の代理人から一通の審判請求書が提出された場合において、それが共同出願人全員の「共同して請求」したものに当たるかどうかについては、単に、審判請求書の請求人欄の記載のみによつて即断すべきものではなく、その請求書の全趣旨や当該出願について特許庁側の知りえた事情等を勘案して総合的に判定すべきものである。
そして、一般に、甲、乙両名を代理する者が、第三者に対する特定の権利を、甲のために行使しながら.乙のためには行使しないことは妨げられないところであるが、共同出願人の審判請求のように、甲、乙共同しての権利行為が必須要件とされる場合に、甲、乙からそのための委任を受けている代理人が甲のためにのみ審判請求をすることは、みずから意味もなく権利行使の効力を否定するにも等しく、まず考えられないことであるから、かかる不合理な行為をやむなしとする特段の事情がないかぎりは、その審判請求は、たとえ、外観上甲のためにのみずる旨の表示となつていても、真実は、甲乙のためにされたものと解するのが相当である。しかも、その代理人の甲、乙のために審判を請求する権限についての委任状が添えられ、すでに特許庁長官に届け出られている場合、その代理人による審判請求書を受理する特許庁としては、その請求書の記載上、甲、乙のためにすることが明瞭に示されていると否とを問わず、当然上述の意思を知りうる情況にあるものといわねばならないから、結局、その代理人による審判請求の法律的効果は、客観的にも本人たる甲、乙に帰属するというべきである。
本件についてみるに、<証拠>によれば、原告らは、かねて、弁理士井馬栄に対し、本願に関して拒絶査定不服の審判の請求を含む一切の手続の権限を委任したので、同弁理士は、昭和四八年一二月二八日、原告らの代理人として、本願考案の願書等の提出とともに、右委任事項を明記した原告ら連名の委任状を添えて特許庁長官に届け出たこと、本願考案について昭和五二年七月二六日拒絶査定がされたが、その査定書には、「実用新案登録出願人 南波隆外一名」及び「代理人 井馬栄」の記載が存すること、井馬弁理士は、昭和五二年一〇月一二日、原告らのために、右拒絶査定に対する審判請求書を作成して特許庁長官に提出したが、その請求書においては「審判事件の表示」欄には、本願の拒絶査定に対するものである旨を明記し、「代理人」及び「請求の趣旨及びその理由」の欄にも所要の各記載をしたが、「請求人」欄には、誤つて、原告南波隆の氏名及び住所のみを記載して、原告井馬恵のそれを脱漏したこと、なお、委任状については、出願時の委任状に委任事項として審判の請求についても記載されていれば改めて委任状の提出を要しないとする実務慣行(この実務慣行がある点については、当事者間に争いがない。)に従つて、これを添付しなかつたことがそれぞれ認められ、これらの認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、井馬弁理士が右審判請求書を提出することによつてした審判の請求は、その請求書の記載上、請求人原告南波隆とのみあつて、原告井馬恵の氏名は表示されていないけれども、それが原告らのためにするものであることは明らかであり、しかも、相手方たる特許庁においても十分その真意を知りえたものということができる。したがつて、右審判請求は、共同出願人たる原告ら全員が共同してしたものとして妨げがなく、これについて、特許法第一三二条第三項の規定違背の点はないとしなければならない。
(二) 次に、右認定にわけば、右審判請求書は、原告らの共同請求に係るものであるのに、その請求人欄に原告井馬恵の氏名及び住所が脱落しているものであるから、特許法第一三一条第一項の規定に定める方式について不備があることになる。したがつて、当該裁判事件を担当する裁判長としては、実用新案法第四一条、特許法第一三三条第一項の規定に従い、請求人原告らの代理人たる井馬弁理士に対し、相当の期間を指定して右不備の補正を命ずべきものであつた。
被告は、共有者の一部の者がした審判請求を共有者全員の審判請求に補正することは、請求書の要旨を変更するものであると主張するが、先に判示したとおり、本件審判の請求は、代理人によつて、共同出願人たる原告ら全員が共同してしたものであつて、その請求書の記載上方式の不備があるにすぎないから、これを共有者の一部のした審判の請求であるとする被告の前提自体失当であつて、その主張は採用することができない。
ところで、争いのない審決理由によれば、本件において、審判長は、原告らに対して右不備の補正を命ずることなく、結局審判により、不適法かつ補正しえない審判の請求であるとして、審決をもつてこれを却下したものであるから、本件審決は違法たること明らかであつて、取消を免れない。<以下、省略>
(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)